昔の男の子(小学生低学年まで)もよくケンカしたように思います。そのころは、子供のケンカにもルールがあって、弱いものいじめや卑怯なことはダメ。そして素手で1対1で戦うというようなものです。また泣いたら負けでした。殴りあいになり相手は泣いて帰ります。私は泣くのを我慢していましたが、
家に帰ってからよく泣きました(笑)。
相手の親は「ウチの息子が泣かされた」と、よく怒鳴り込んで来られました。
その時、母はいつも平身低頭で謝ってくれました。私はそういう母を見て、
「母ちゃん、謝らんでエエ。この子が悪いんや。弱いものいじめをしたんや。それをメソメソ 泣いて。泣いたらええのんと違うわい」と言いました。母はそんな私の頭を押さえつけて、「これ、謝りなさい」と言われました。
そして、誠心誠意謝ってくれました。そういう母の姿を見て、「これは申し訳ないことをした」と反省しました。
母はこのような感じで謝ってくれました。
ただし、どんな理由があろうとも「相手にケガさせたらアカン、人を傷つけたらアカン」と言い聞かされていました。
ところで私は、一度だけ女の子を泣かしたことがありました。そのときは大変しかられました。
私の大切にしていたビー玉をだまって取って逃げた女の子がおりまして、その子を追いかけて捕まえ、ビー玉を取り返しました。すると女の子が泣いて家へ帰りました。それがすぐ母の耳に届きました。その時も母は相手の親に謝ってくれました。私は母に「この子がビー玉を取ったから取り返しただけやないか。この子が悪いのに。」と言ったところ、また しかられました。
「女の子を泣かしたらアカン。お前は男の子やないか。女の子にビー玉を取られたくらいええやないか!」
つまり、母は、弱いものイジメしたらアカンということと、物を独り占めせず人に物を分けなさいということを教えてくれたのだと思います。
だから「お前を見損なった!」と、こっ酷くしかられました。(笑)。
母の口癖は
「世間様に後ろ指をさされるような人間になったらアカン。世間の表街道を堂々と通れるような人間になりなさい」でした。
これが親の教育でした。
「商売もフェアーでないとダメ」これが私の経営理念になっているのです。
私は4代目の社長ですが、代々の社長(兄)は皆、親の経営理念を守ってきました。
父は道徳の勉強をしていましたので、当社の社是・社訓は道徳の先生につくっていただきました。
●社是
一、当社は、大中小の御恩によりて成立せり。
一、当社は、御恩報じを真の目的とす。
●社訓
一、感謝の心が総てを造る。(報恩の為に努力精進すること)
二、物を生かし、人を愛す。
(報恩の為に総ての物を育てあげんとする深い深い思いやりのこころになること)
三、物を売らずに誠を販売。(報恩の為に社会に利益を還元すること)
誰にでも大中小の多数の恩人がいます。私の卒業した学校は、国公立でしたので、授業料が本当に安かった。でもその授業料を大学時代に滞納する人がいました。その人は、事務室で「国立大学の学生に対して国が多額の補助金を出しているのだよ。それを滞納するとは何事か。」と言われているのを側で聞いて、それはそうだと思いました。
「授業料が安いのは国民の税金のおかげやで。大学を卒業しているから、偉いんと違うんや。国民の皆様に借金しているのと同じことやで。国民全員が恩人なんや。」これは父に言われたことです。
「だから国家、社会、又、人様のお役に立つのが当たり前」
とよく言われました。
父や母には本当によくしかられましたが、それは全部「親の愛」です。
「この子を立派な人間にしよう」という親の思い、そのおかげで今の私があるのです。
当社はコンクリートブロックという建築材料の製造を行っていますが、これによって我が国の住環境の改善と進展に少しでも寄与し、世の中に貢献していきたい。
そして仕事を通して国家、社会に有為な人材を育成していきたいと思っております。そのような考え方が経営方針の大きな柱になっています。 |